習い事体験談

2021.6.15

vol.01 子供時代にやってよかった習い事について現役大学生が振り返ってみた!

みなさんこんにちは。僕は立命館大学の経営学部に通っている3回生です。
就活を来年に控え、今までの人生を振り返えるとあることに気づきました。それは、子供の頃の習い事が今の自分に大きな影響を及ぼしていたことです。そこで今回は、僕の子供時代の習い事のあれこれについて考えてみたいと思います。

子供時代にやってよかった習い事は?

僕は子供時代、たくさんの習い事を経験させてもらいました。取り組んだ習い事は、始めたきっかけすら分からないものから両親への説得の末に始めたものまで、さまざまです。そういった中で、僕が習い事から学んだことは3つあります。

1つ目は、「スキルの学び方」です。これは水泳を通して学びました。
2つ目は、「環境づくりの大切さ」です。これは書道を通して学びました。
3つ目は、「目的と手段の切り分け」です。これは野球を通して学びました。
これから、この3つを学んだ習い事についてご紹介したいと思います。

水泳から学んだ「『型』を守る重要性」

僕は、心肺機能を高める目的で3歳の頃から水泳を通い始めました。通っていた水泳教室は、泳ぎの美しさとスピードが一定の基準をクリアすることで、レベルが昇格する仕組みでした。僕は基準のタイムをなかなかクリアできなかったため、速く泳ぐためにさまざまな工夫を試みていました。

しかしいつまで経っても成果が出ないので指導者にアドバイスを求めたところ、「泳ぎ方を美しくしなさい」とだけ言われました。速くなるコツを聞けると思っていた僕にとってこの指摘は驚きでしたが、言われたとおりフォームだけ意識して泳いでみたところ、すぐに目標タイムを切ることができたのです。

この経験から、何を学ぶにしても、まずは「型」を忠実に守ることが大切だと学びました。水泳を通して得た教訓は、今も新しいスキルを学ぶときの基本になっています。

書道から学んだ「集中する方法」

書道は、友人の誘いがきっかけで始めた習い事です。毎月末に昇段試験があったので、その試験に合格するために毎週通っていました。子供時代の僕にとって、書道は苦痛の時間でした。筆を持って字を書いていると、前日に見たアニメや漫画が頭に浮かんでしまい、作業に集中できなかったからです。書道は心と体を一体化する必要があるため、このような精神状態で美しい字は書けません。

そこで僕は、「楽しいことを考えないようにするのではなく、書道が楽しくなるように工夫しよう」と考えを改めることにしました。書いた文字を友人と見せ合ったり、先生から高級な筆を借りたりしてモチベーションを高めるうちに、だんだんと書くことが楽しくなってきました。そして書道に集中するようになったことで自然と文字を書く能力も向上し、結果として昇段試験を次々と突破できるようになったのです。

以上から、物事に集中して取り組むためには、夢中で取り組める環境づくりが大切だと学びました。その後の大学受験や資格勉強を前向きに取り組めたのは、この書道の経験が活かせたからだと感じています。

野球から学んだ「手段が目的に変わる恐ろしさ」

TVで観ていた代表選手に憧れて、僕は小学校1年生の時に野球チームに所属しました。最上級生になって地区大会の優勝を目標に掲げた僕たちは、強いチームに勝つための方法を話し合い、個々の能力を高めることが最優先だと考えました。そこから日々の練習に励み、いくつかの大会に出場しましたが、ことごとく結果が出ませんでした。

そんなときに、ある試合後のミーティングで監督の放った言葉が、チームを大きく変えてくれました。「君たちはチームじゃなくてただの集団だ。チームなら、一つの目標に向かって走らないと。」この言葉によって、僕たちは地区大会の優勝のために個々の能力を高めていたはずが、個人の結果ばかりに意識が向いていることに気づかされました。この言葉を受けてから、普段の練習や試合の態度を見直すようになり、まずはランニングでチームの足並みを揃えることにしました。残念ながら、当初に掲げた目標達成には至りませんでしたが、準優勝という誇れる結果を残してチームを引退することができました。

この経験から学んだことは、手段が無意識のうちに目的へと変わってしまうことです。目の前の手段が大変なほど、目標を見失ってしまうのだと知りました。これ以来、目標に向かって何かに取り組む際は、定期的に立ち止まって「手段が目的になっていないか」を確認するようにしています。

習い事の経験から見えてきた本当の自分

子供時代に経験した習い事を振り返る中で、自分が充実して習い事に取り組めるヒントが見えてきました。それは、一緒に学ぶ仲間やパートナーが隣にいることです。どの習い事でも、行き詰まったり、上手くいかない瞬間がやってきました。そんなときに壁を乗り越えれたのは、そばにいる仲間や先生の存在があったからです。「自分は一人じゃない」という安心感が、もう一歩足を踏み出すきっかけになりました。

さらに、仲間の存在が大きいのは苦しいときだけではありません。僕は承認欲求が強いため、成功したときに反応してくれる相手がいなければ、自分の行動が無価値に感じてしまう傾向にあるようです。反対に、仲間や先生の期待に応えて周りが喜んでいる姿を見ると、とても嬉しい気持ちになります。

以上が、習い事を振り返って見えてきた自分の姿です。

これから仕事や勉強に励むときは、この経験を思い出しながら環境を構築しようと思います。

もし子供時代に戻って習い事をやり直すなら?

もし今の僕が子供時代に戻って、習い事をやり直すとすれば、自由に作品をつくる習い事がしてみたいです。例えば音楽や美術、プログラミングなどです。理由は、2つあります。

1つ目は、自分の思いや感情を作品に込めて表現することに魅力を感じるからです。僕は、試験合格やチームの勝利などの目標を決めて、そこから逆算して行動を決定する習い事を多く取り組んできました。一方で、作品制作の習い事は長期的なゴールよりもその瞬間の感情や考えを表現することが求められます。そのため、自分の内なる声に耳を傾けなければなりません。もし繊細な感覚を持つ子供時代からそのような訓練をしていれば、もっと自分の価値観やアイデンティティーが確立していたのかなと感じます。

そしてもう1つの理由は、絶対的な答えのない作品制作が、正解を持たない社会とよく似ているからです。まずは基礎的な作法を学び、身につけた技術を生かして自由に作品を表現する経験が、これからの社会を生きていく上でとても重要だと感じます。答えのある正解へたどり着くプロセスを学ぶ習い事も必要だと感じますが、自分なりの正解を作り出す経験ができる習い事を頭の柔らかい子供時代にしておけば、今よりも思考の幅が広がったのではないかと感じています。

まとめ

今回は、僕の子供時代の習い事事情について振り返ってみました。小さい頃から習い事を始めるのはたくさんのメリットがあると思います。何はともあれ、子供時代にさまざまな習い事を経験させてくれた親には、感謝の気持ちでいっぱいです。習い事を通して学んだ教訓をこれからの人生に生かして、少しずつ恩返ししていこうと思います。

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